職場で気軽に感謝を伝え合う仕組み「サンクスカード」をご存じでしょうか?メッセージカードやアプリなどを通して積極的に「ありがとう」を伝えることで、ポジティブな組織文化の醸成が期待できるとして、近年注目を集めている制度です。
一見シンプルな取り組みに思えますが、導入方法を誤ると、従業員が「強制されているようで苦痛だ」「気持ち悪い」と嫌悪感を抱くこともあります。
本記事では、サンクスカード導入のポイントや導入企業の成功事例、参考にしていただけるメッセージ例文などをご紹介します。
サンクスカードとは?
「サンクスカード」「ありがとうカード」とは、従業員同士が互いの行動や気遣いに対して感謝を伝え合う制度のことです。働き方の多様化が進んだ2000年代前半に普及し始め、現在では大手航空会社やホテルなど、業界を問わず広く導入が進んでいます。
日々忙しなく仕事に追われ、昨今ではテレワークによってコミュニケーションの機会が少なくなったことで、「ありがとう」と思っていても、相手に伝える機会を逃してしまったことのある方は多いのではないでしょうか。サンクスカードでは、そのような日頃の感謝を形にして伝えられ、送り手・受け取り手の双方がポジティブな気持ちで業務に取り組むことができる仕組みです。
紙のメッセージカードやデジタルのWEB・アプリなど、ツールや運用方法は企業によってさまざまですが、従業員が送り合った感謝の内容を組織全体で可視化することで、コミュニケーションの活性化はもちろんのこと、相互理解の促進、モチベーションの向上、称賛文化の醸成など、幅広いメリットが期待できます。
サンクスカードを導入するメリット6つ
サンクスカードは組織文化に、さまざまな良い影響をもたらします。ここではメリット6つをご紹介します。
感謝・称賛の文化が醸成される
自分の行動や取り組みに対して「ありがとう」と言われたり、一緒に働く仲間から褒められたりすると嬉しく、承認欲求が満たされるものです。仕事に励むモチベーションにもなるでしょう。
サンクスカードを導入することで、これまで十分に伝えられていなかった感謝や称賛を相手にきちんと伝えられるようになると同時に従業員の影の頑張りや貢献を可視化できます。
また、サンクスカードを書くためには、相手のことを理解し、まわりの気遣いやサポートに対して素直に「ありがとう」と感じられる感受性が不可欠です。サンクスカードを書き続けることで”気付く力”が磨かれ、日常的に感謝を伝えられるようになるでしょう。
従業員同士の相互理解を促進
サンクスカードは、送り手・受け取り手の両方に対する理解を深められるツールでもあります。
どのようなことに「ありがとう」や「素敵だな」「見習いたいな」と感じるかは人それぞれ異なり、その人の価値観が表れます。メッセージの文面や感謝の内容を通して、送り手のことを深く知ることができるでしょう。
また、デジタルのサンクスカードの場合、メッセージは全従業員が閲覧可能であることが一般的です。そのため、普段あまり関わりのない従業員であっても、他の人が送った感謝のメッセージを通じて、その人の仕事ぶりや貢献を知り、人柄を理解するきっかけになります。
相互理解が深まると相手を思いやった言動が増えるため、社内の雰囲気の改善や、人間関係の構築にも役立ちます。
モチベーション向上
「単調な作業だな…」「何かの役に立っているのかな」と感じるような業務でも、誰かの仕事の支えになっているケースは少なくありません。サンクスカードでは、このような日常の些細なことに対しても、さりげなく褒め、感謝の気持ちを伝えることができます。
どんなに小さなことであっても、仲間から良い部分を褒められ「ありがとう」と言われると、自分の頑張りや貢献が認められたと感じられます。役に立っていると思えることで、自分の存在意義を再認識でき、「もっとこのチームのために頑張ろう」とさらなる貢献意欲を奮い立たせる原動力となります。その結果、仕事効率のアップや高い成果が生まれる可能性も高まるでしょう。
エンゲージメント向上
通常の人事評価では、数字で見える仕事の成果や、上司の判断による総括的な振り返りで評価されることがほとんどです。しかし、サンクスカードは全従業員が評価者となり、日頃のちょっとした貢献や影の努力にも感謝や称賛を送ることができます。
些細な取り組みも見逃さず適切に評価し、自分のことを認めてくれる職場であれば、自然と思い入れは強くなるものです。帰属意識が高まり「この企業の一員として自分にできることは何か」を意欲的かつ主体的に考えるようになります。
誰かから指示された仕事よりも、自ら考え行動した仕事の方が高いパフォーマンスを発揮する傾向にあるため、企業の成長や業績の観点から見てもサンクスカードは有効なツールと言えます。
コミュニケーション活性化
サンクスカードを利用することで気持ちを「見える化」できるため、従業員同士のコミュニケーションが活発になります。
自分の部署や普段関わりの多い同僚だけでなく、日頃関わりの少ない他部署の従業員に送ることも効果的です。サンクスカードを機に他部署との交流が深まり、社内全体のコミュニケーションが活性化します。
コミュニケーションの機会が増えると関係性の構築につながり、社内の心理的安全性が高まります。心理的安全性の高い状態ではお互いに忌憚のない、生産的な意見交換ができるようになります。これまで乗り越えられなかった課題の解決や、イノベーションを生み出すことにもつながるでしょう。
離職の低下につながる
労働時間や労働条件だけでなく、職場の人間関係の良し悪しも退職を決心させる大きな動機になります。言い換えれば、人間関係が良好でストレスの少ない環境は働きやすく、人材の定着率が高いということです。
サンクスカードは感謝を伝える制度のため、相手の良い部分に目を向けることが習慣になります。相手の良い面に注目できるようになると、自分自身が前向きな気持ちで仕事に取り組めるだけでなく、相手に対しても好意的な態度で接することができ、良好な関係性の構築が可能になるでしょう。
また、普段の仕事の中でもその習慣が活かされ、ポジティブなフィードバックが行われるようになるため、従業員はモチベーション高く仕事に励むことができます。
サンクスカード導入によるデメリット
多くのメリットをもたらすサンクスカードですが、手間やコストといったデメリットもあります。
従業員の負担になる
紙のメッセージカードを利用する場合は、メッセージの記入や管理が手間となり、従業員の負担になるケースがあります。WEBやアプリなどを導入する場合は、従業員がツールに慣れるのに時間がかかるといったことも考えられます。
また、サンクスカードが制度として導入されたことにより、感謝や称賛を強要されているように感じてしまい、サンクスカードの文化自体を苦痛に感じたり、気持ち悪いと思ったりすることもあります。従業員に心理的負担や抵抗感なくサンクスカードを受け入れてもらうための方法はサンクスカードは気持ち悪い?で詳しくご紹介していますので、ぜひ参考にしてみてください。
導入や運用にコストがかかる
紙とWEB・アプリ、いずれの場合でも導入や運用にコストが発生することもデメリットの1つです。
紙で運用する場合には、用紙の準備や保管場所の確保が必要になります。また、メッセージカードを書く従業員の時間や手間が増え、支社や店舗が離れている企業の場合は管理や運用が一層煩雑になるため、管理者の業務が増え人件費がかさむでしょう。
デジタルツールを導入する場合には、メッセージカードを書く手間や管理の煩雑さは抑えられますが、導入コストがかかり、運用にも利用料金が発生します。
企業にとってさまざまなメリットをもたらす取り組みだからこそ、導入の際には人的コスト・経済的コストの両面を考慮して自社にとって最適な方法を検討する必要があります。
サンクスカードでよくある失敗
「ありがとう」を伝えるだけの簡単な制度だと思われがちですが、導入・運用するうえで、いくつか注意も必要です。
強制になってしまう
サンクスカードを書くことが強制になると、書くこと自体も面倒になりますが、それ以上に感謝すること、他の人を褒めることを強要されているように感じてしまい、従業員のストレスになります。素直な気持ちで厚意を受け取ることができなくなり、マイナスな影響を及ぼすこともあります。
サンクスカードは強制して送るものではなく、素直に「ありがとう」と感じた時に自発的に送るのがあるべき姿です。受け取り手も、必要に駆られて書かれた中身のないメッセージよりも、心から感謝・称賛されて送られたメッセージの方が何倍も嬉しいでしょう。
制度として従業員に積極的に活用してもらうためには、ある程度のルール設定は必要ですが、従業員の負担にならないよう運用を工夫することがポイントです。
マンネリ化してしまう
もう1つの失敗のケースとして「せっかく導入したのに利用してもらえない」「利用する人に偏りが生じている」があります。
元々ちょっとしたメッセージを書くことが好きな人や、新しい取り組みに興味がある人は、活用を促さずとも積極的に利用してくれるでしょう。しかし、感謝の気持ちを言語化するのが苦手な人や、周りの様子を伺って二の足を踏んでしまう人にはなかなか浸透せず、せっかく導入しても利用してもらえないことがあります。
導入後は継続的に活用促進を行ない、制度として根付くよう広く浸透させていく必要があります。社内イベントと絡めて運用したり、素敵なメッセージを社内で共有したりと、制度がマンネリ化してしまわないよう工夫することが大切です。
サンクスカードの導入・運用を失敗しないためのポイント5つ
前述の失敗するケースを踏まえ、ここからはサンクスカードを成功に導くためのポイントを解説します。
目的目的やルールを従業員に周知する
導入を発表しただけでは、なぜこの制度が自社にとって必要なのか、自分たちにどのようなメリットがあるのかを従業員が十分に理解できません。理解できない状態では「新たな制度を強要された」「忙しいのに手間が増えた」と感じ、反発心から活用してもらえないこともあります。
そのような事態を防ぐためにも、導入する際は事前に運用の目的やルールを明確にし、サンクスカードの意義やメリットを伝えることが大切です。従業員の理解や協力を得ることによって、自発的に利用してもらえるでしょう。
また、社内で推進チームを発足する場合や、役職者に活用促進の協力を仰ぐ際にも、目的やルールが明文化されているとスムーズに協力を得られます。
役職者が積極的に活用
経営層や管理職などが積極的にサンクスカードを利用することも、制度を成功に導くポイントです。役職者が率先して利用することで、サンクスカードを送りやすい雰囲気を作るだけでなく、組織文化として根付かせるという企業の意志や、感謝・称賛することの重要性を示すことができます。
また役職者が活用する際は、立場の近い部下だけでなく、若手の従業員にもサンクスカードを送ることがおすすめです。組織を率いる立場の人が自分たちの働きを見てくれているのだと感じられ、モチベーションが高まるとともに、企業への信頼感やエンゲージメントがアップします。
運用しやすい方法を選択
サンクスカードの運用には大きく、アナログな紙のメッセージカードで運用する方法と、デジタルのWEB・アプリで運用する方法の2種類があります。
離れた支社・店舗の有無や、テレワークを含めた働き方、デジタルツールに対する従業員の得意・不得意などから、自社にとって最適な方法を判断しましょう。
ツールを導入する際は「操作性は優れているか」「迷いなく使用できるデザインか」など、全従業員が使いやすいかの観点で検討することが大切です。さらに、安心して運用してくうえでサポートの手厚さも外せません。トラブルやアップデート、設定変更などの際に迅速に対応してもらえるツールを選ぶと良いでしょう。
定期的な振り返りで運用の改善をする
管理の負担軽減・マンネリ化防止のため、運用開始後は定期的に振り返りを行なうことがおすすめです。チェックの観点としては「活用度は目標に達しているか」「活用する人が固定化していないか」「従業員の心理的・時間的負担になっていないか」などが挙げられます。
サンクスカードの送信数や活用者数といった定量的な振り返りのほか、アンケートを実施して生の声を吸い上げることも効果的です。数値データだけでは見えてこなかった課題や、より良い運用のヒントが得られることがあります。
従業員の声に耳を傾けながら振り返りと改善を続けていくことで、自社にとって効果的な運用が実現できるでしょう。
ピアボーナス制度やインセンティブとの併用
サンクスカードの利用率を高めるために、表彰やボーナスなどのインセンティブを設けることも効果的です。送り手・受け取り手の両方を表彰の対象とすることで、サンクスカードの制度をより盛り上げることができます。
インセンティブを取り入れる場合には、従業員同士が報酬を贈り合う「ピアボーナス制度」がおすすめです。ピアボーナス制度とは、感謝や称賛のメッセージとともに少額の報酬を贈る仕組みのことです。報酬という目に見えるインセンティブが加わることで、受け取り手の嬉しさは倍増し、送り手も感謝を伝えるモチベーションが高まります。
サンクスカードは紙とアプリどちらが良いのか
紙のサンクスカードには、送り手の人柄や感謝の気持ちが伝わりやすいという手書きならではのメリットがあります。その半面、忙しい業務の合間に手書きでメッセージを書く手間や、保管の手間、保管場所の確保などがデメリットとなります。
一方アプリの場合、手軽に時間や場所を選ばずに送れるのが何よりのメリットです。すべてのサンクスカードをアプリ上で簡単に閲覧できるため、社内の風通しを良くしたり、他の部署への理解を深めたりするツールとして活用できます。ただ、導入や運用にコストがかかるのが懸念点です。
サンクスカードの例文・テンプレート
メッセージには、感謝したいことをなるべく具体的に書くと良いでしょう。気持ちが伝わるのはもちろん、受け取り手にとっても「あの行動がチームの役に立ったんだ」と学びや成長、自身の強みに気付くきっかけになります。
初めはどのようなメッセージを書けば良いか悩むこともあると思いますので、例文を3つご紹介します。
「先日○○さんにチェックいただいた提案書のおかげで、無事にA社の受注が決まりました。○○さんのアドバイスどおり、効果を数字で示したことで先方に納得感を持っていただけたようです。本当にありがとうございました!」
「会議の準備や議事録の作成など、チームのために動いてくれてありがとう。いつも、とても助かっています。主体的に『自分にできること』を考える姿勢、ぜひこれからも続けていってください。」
「商品改善のアイディアを提案してくださり、ありがとうございました。○○さんの経験を活かした、とても素敵なアイディアだと思いました。現在実装に向けて検討を進めていますので、ぜひこれからもお力を貸していただけると嬉しいです。」
サンクスカードの成功事例
最後に、サンクスカードの成功事例を3社ご紹介します。導入を検討されている方、現在運用に悩まれている方は参考にしてみてください。
株式会社オリエンタルランド
東京ディズニーリゾートを経営する株式会社オリエンタルランドでは、「マジカルディズニーキャスト」という名称でサンクスカード制度が導入されています。
1984年に前身の取り組みである「コーテシーキャンペーン」を実施し、その後より良い取り組みを模索しながらさまざまに形を変え、2022年に現在の「マジカルディズニーキャスト」の制度がスタートしました。
キャスト同士はお互いの良い行動に対して、専用のカードにメッセージを記入し、称え合います。メッセージを送られたキャストの中から特に高く評価されたキャストは「マジカルディズニーキャスト」として選出され、その証としてピンバッジが授与されるそうです。
その他にも、部下の素晴らしい行動を見かけた際は、その行動を称えるためのカード「スペシャルレコグニションカード」を手渡し、その場で部下の行動を称賛。
同僚・上司・部下それぞれがお互いを称え合うことで成長を促し、関係性を深めています。
株式会社SBI証券
大手インターネット証券会社である株式会社SBI証券では、「忙しくて周りとコミュニケーションが取れない」という理由から、オペレーターの早期離職に頭を悩ませていました。
従来、紙のサンクスカードを採用していましたが「カードをポストへ投函する手間がかかる」「名前と顔がわからず、渡しそびれてしまう」などの理由から、徐々に利用率が低下。
そこで、サンクスカードのアプリ「RECOG」を導入したところ、その手軽さやリアクション機能が魅力となって積極的に利用されるようになりました。コミュニケーションが活性化したのはもちろんのこと、新人が配属される時には管理者や先輩オペレーターが「これからよろしく」とメッセージを送るようになり、配属直後から安心して業務に取り組める環境を整えることに成功。実際に新人の離職率は、RECOG導入前後1年間で9.1%も減少したそうです。
さらに、オペレーターの中では「他の人の良いところを見つけよう」「自分のサンクスカードをもらえるように頑張ろう」という気持ちが芽生え、自然と他者を称賛する文化が生まれています。
協和キリン株式会社
医療用医薬品の研究開発や製造・販売事業等を手掛ける協和キリン株式会社。宇部工場では「従業員同士の相互理解が進み、部署を超えた連携が強化されることで、生産性やモチベーションを高めたい」という想いからRECOGを導入しました。
導入1年目はツールに慣れることを目的に、各部署から推進担当を選出し、部署ごとにログイン数やサンクスカード送信数などを目標設定。表彰制度も導入し、浸透を図りました。
導入2年目からは、部署ごとに自主的に目標を設定したり、他部署にも積極的にサンクスカードを送ったりと、さらに活用が広まっていったそうです。
その結果として、導入1年後に実施したアンケートでは「感謝や称賛を気軽に伝えられるようになった」「感謝や称賛の輪が広がっていった」「理解や親近感が高まっていった」と3つの項目で、回答者の約70~80%が「効果あり」と回答する結果に。
サンクスカードによってコミュニケーションが活性化したことで、「生き生きと働ける環境を整える」という導入目的に沿った環境を実現しています。
まとめ
サンクスカードの導入は、コミュニケーションの活性化やモチベーションの向上など、多岐にわたる効果が期待できます。シンプルな制度だからこそ、従業員自らが「サンクスカードを送りたい」「ありがとうを伝えたい」という状態を整えられるよう、負担や手間をなるべく抑えることが制度を継続的に運用するポイントです。